レイワノタクミ

第5回 【後編】 挑み続けることで守り継ぐ 引箔のいのちある輝き

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引箔 村田紘平さん(楽芸工房)

常に挑戦を続け、魅力あふれる引箔を生み出す村田さん。
不思議な引力をたたえる引箔はどのように生まれるのでしょうか。

年月を重ね、円熟していく輝き

 引箔の模様づくりには、さまざまな技法がある。箔はちぎったり、粉にしたり、別のものと混ぜたりなど自在に加工ができる素材で、貼り付けたり、吹き付けたり、シルクスクリーンのように印刷したりと幅広い表現が可能だ。また貼り付ける場合でも、摺るのと叩きつけるのでは仕上がりが変わる。
「箔屋さんによっていろいろな技があるんですよ。うちも、おじいちゃんが考案した技、親父が編み出した技術、僕が進化させたものと、いろいろありますね」

 村田さんが、楽芸工房の代表作でもある「五色重ね(ごしきかさね)」の製作工程を見せてくれた。「五色重ね」は村田さんのおじいさんが考案したもので、黒漆を塗った和紙のうえに、幾重にも箔を散りばめてつくられる。材料となるのは、銀箔を焼き付けてさまざまな色を出した焼き箔や、染料で染めた色箔だ。


 
 はじめに、村田さんは黒い漆紙のうえに焼き箔を置いた。焼き箔の複雑な色の輝きが黒の上で引き立ち、まだ何もしてないのにすでに綺麗だ。その後も次々に箔を置いては刷り込んだり叩いたりするのだが、そのたびに表情ががらりと変わる。一回一回の工程ごとに別の姿になり、それが毎回美しい。「ああ綺麗だな、次はどうなるのだろう」と思いながら眺めているのは、万華鏡を回し覗いている心地によく似ている。

 工程を重ねるごとに、引箔はより複雑な色と輝きを宿していった。そろそろ完成なのかと思って見ていると
「これはまだ下地の段階なんです。まだまだ重ねていくので、この部分は完成すると見えなくなってしまうんですよ」
と村田さんは笑った。
 美しいものは、見えない部分もすでに美しいのだな、とため息が漏れた。

 村田さんが使っている焼き箔は、時間とともに色が変化するという。焼き込んですぐは色の深みが足らず、使用するまでに時間を置くのだそうだ。時がゆっくりと箔を育てるのだ。この日村田さんが使っていた箔も、村田さんのおじいさんが息子や孫のために作り置いた70年前のものだった。

「赤や青などの色は全部、銀箔を焼いて硫化させて出しているんです。硫化はずっと続いていて、何十年、何百年先かわかりませんけど、最終的には真っ黒になります。使い方や環境によって変化の具合も変わりますから、持ち主の方と一緒に育っていくんですよ」

村田さんのつくる引箔は、目には見えないけれどずっと変化し続けている。初めて見たときに宇宙や星空と同じ何かを感じたのは、そのせいなのかもしれないと思った。

挑戦を続け、想いを受け継ぐ

 2022年7月、京都の伝統工芸をインテリアに使用したホテルがオープンし、村田さんの引箔はスイートルームとレストランに使用された。まるで抽象画のように引箔の原紙が室内に飾られている。

「いろいろなご縁で挑戦させてもらえるのは、本当にありがたいです。うちの長男が高校2年で、僕が引箔を始めた年齢まであと少しなんですよ。この仕事に興味を持っているようなので、どんどん可能性を見せてやりたいと思っています」 

 作品に魅力があるのはもちろんのこと、村田さんの素敵なお人柄もあって、依頼は途切れることがない。さまざまな分野に挑戦すればするほど、箔の可能性を体現していくことにもつながる。その実績がまた、次の展開を呼ぶ。

 そうしたなか、村田さんはもうひとつ挑戦を始めようとしている。それは帯のために引箔を切る技術を習得することだ。伝統工芸はどの分野も後継者不足が問題になっているが、引箔も他人事ではない。箔を裁断する切り屋さんがもう2軒ほどしか残っていないのだ。そこで村田さんは、引箔をつくるだけでなく裁断作業までを手がけることができないかと考えるようになった。

「どんなに別ジャンルに挑戦しても、基本となるのは西陣織です。将来は僕も親父のように、帯だけをやりたいと考えているんですよ。職人の想いをつないでいきたいと思っています」 

 70年前の焼き箔も、受け継ぐからこそ形になる。そして村田さんがつなぐのは、おじいさん、お父さんの想いだけではない。1200年の間西陣織に関わり挑戦してきたすべての職人たちの想いをも、継承していくのだ。

取材/カメラマン

白須美紀白須美紀 文筆家/いとへんuniverse副代表
地元京都の伝統工芸を取材し、WEBや雑誌に寄稿。2014年より西陣織の職人たちと「いとへんuniverse」を結成し、西陣絣(にしじんがすり)や手織、手染の良さを伝える活動も続けている。2020年より、染色家の岡部陽子と2人で物語を糸にうつすプロジェクト「Margo」を立ち上げ、手染めの毛糸の制作販売も行っている。活版印刷研究所では「What A Wonderful Paper World」を連載し、紙にかかわる仕事をする人々を紹介。noteにて、クラフトライターとして活動する日々の記録やMargoの手染め糸の解説、物語に関するエッセイなどを綴っている。

いとへんuniverse http://itohen-univers.com
活版印刷研究所 「What A Wonderful Paper World」
Margo https://margo-yarn.stores.jp/
note https://note.com/miki_shirasu


カメラマン/福田陽子
西陣織の小さな雑貨ブランド gonomiの他、
WEBデザイン・ライティング・撮影を中心にネットショップ運営を通じて、伝統工芸を伝える仕事に取り組んでいる。

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