レイワノタクミ

第2回 輝きを自在にあやつり、陰影の魔法をかける

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金彩工芸 上仲昭浩さん(二鶴工芸)

奥深い金の魅力

日本の工芸と金は、切っても切れない存在だ。金色に輝く仏様はいわずもがな、襖や屏風、漆の椀、扇子など、金をあしらった工芸品は枚挙にいとまがない。神聖さ、豪華さ、そしてある種の権威。金はそれらを演出するために使われているとずっと思っていた。

だが10年ほど前に、そんな意識が大きく変わる体験をした。春の日の薄暗い茶室の中でのことだ。粛々と進むお点前を見ていると、雲が晴れたのか微かな陽光が庵に差し込んできた。すると、光を受けて隣の女性の帯にあしらわれた金の部分がふわぁっと発光したのだ。その淡く、清らかなこと。薄暗い世界のなかで、そこだけがほんのりと優しく輝いていた。

思わず息をのみ凝視していると、輝きは一瞬で姿を消した。雲がまた太陽を遮ったのだ。なんて儚く尊い輝きなのだろうと感動しながら「ひょっとして昔から人々が愛した金の輝きとは、この儚く尊い発光だったのではないだろうか」と、思った。日用品に金をあしらうのは、単に権威や富の象徴のためだけでは無かったのかもしれない。

まさに谷崎潤一郎が『陰翳礼賛』で綴っている通り。そのときまでのわたしは、明るい電灯の身も蓋もなく照らし出す豪華で派手なだけ金の姿しか、知らなかったのだ。この日を境に、金に対する想いは特別なものになった。

上仲昭浩さんは、そんな金を自在に操る「京友禅金彩工芸」の職人さんだ。

「絢爛豪華に彩ったりポイントに入れてたりして、友禅のきものや帯を引き立てるんです」

そう話しながら、上仲さんはきもの地に金粉を蒔く。背筋がすっと伸びて姿勢がよく、作業も話しぶりも淡々と静かで、穏やかだ。

一通り蒔き終え、手元の掃除機で余分な粉を吸い取ると、雅な紋様が現れた。

「金彩の役割は単に模様や輝きを添えるだけではないんです。友禅に金をのせることで陰影ができて、柄に奥行きがでるんですよ」

目に見えないほどのわずかな立体感が効果になるなんて、なんて繊細なんだろう。やはり金の世界は奥が深い。

金彩の技術は室町時代の中国から日本に伝わった袈裟の印金(いんきん)をもとに能衣装や小袖に施された摺箔(すりはく)だと言われている。だが、それ以前に唐衣(からぎぬ)にも金箔で紋様が施されていたという説もあり、いつから始まったのかはっきりとは分からないという。遺された文献などから、友禅に施され出したのが明治の後半だと伝えられている。

金彩が今のように発展したのは昭和に入ってから。技術革新がすすみ、いろいろな種類の箔が開発され、布に接着する糊も合成樹脂の開発が進んで、加工の可能性が広がったという。

基本の技術は、金箔を貼る「箔押し(はくおし)」、金の線を描く「筒描き(つつがき)」、竹筒を使って細かな金を撒く「振り砂子(ふりすなご)」の大きく3種類。だが、糊に金粉を混ぜてペースト状にして刷毛で摺る「金泥擦り込み加工」など、色々な技法がさらに派生して存在しており、果てがないのだという。

また、技術だけではなく、絵画的なセンスも重要だ。ひとくちに金といっても、明るいものや錆びたもの、黄みがかったものや青みがかったものなど、驚くほど種類がある。加えて銀箔や色箔もあるなかで、どんな箔を選びどのように配置していくかで仕上がりは大きく変わる。

「でも実は、この仕事で大事なのは糊の扱いなんです。糊の厚みを調節して箔の発色を変えることもできるんですよ」

マスキングテープで他の部分を臥せて箔を置く『縁蓋(えんぶた)』ならば、糊を置いて箔を貼ってから乾燥させるやり方と、先に乾燥させた糊に箔を置くやり方があるという。細かな違いだが、それだけで見え方が変わるのだ。

「きもの地みたいにやわらかくて、こそげ落とそうとしてもなかなか取れず、けれど染色補正の薬品なら綺麗に取れる箔……みたいな、めちゃめちゃ矛盾した要望に応えていくんです。そのため糊をどうコントロールしていくかが腕の見せ所ですね。これはもう経験しかありません。わたしの修業時代は仕事がたくさんあったのでいろんな加工で経験を積めましたが、きものの生産量が減ってしまった今の時代では難しいと思います」

 

アスリートから職人へ

上仲さんは金彩加工を請け負う「二鶴工芸(ふづるこうげい)」の二代目だ。中学高校は卓球の選手で、高校は全国大会出場を目指して強豪校に入学。将来は実業団に進むつもりだったが、ある事情で高校の部活を辞めてしまい、夢は閉ざされてしまう。

時間を持て余した上仲さんは、家の仕事を手伝いはじめた。ご両親が「跡継ぎに」と考えるのは自然の成り行きだったろう。本人も知らない間にお父さんが話をつけてきて、卒業後は元橋宏太郎という金彩工芸の第一人者の工房で修業することになった。

「高校時代に見学に行ったときはにこにこ優しいおじさんだったんですが、弟子入りしたらめちゃくちゃ怖くて(笑) 入ってから知ったのですが、京都でも3本の指に入る厳しい工房だったんです」

しかも先輩は皆、芸大の卒業生や美術に素養のある方ばかりだった。美術の授業は得意なほうだったけれど、画業の基礎や筆の使い方などは先輩たちに一日の長があり、もともと卓球選手だった上仲青年がかなうはずもない。劣等感にかられながら、ただがむしゃらに仕事をし、必死で覚えるしかなかったという。「叱られてばかりで面白くなかった」と上仲さんは微笑みながら話すけれど、その努力たるや相当なものだったろう。

だが、毎日段ボールで大量の依頼品が運び込まれる師匠の工房は、最髙の修業先でもあった。家では見たことのないような目新しい箔や糊、知らない技術にもたくさん触れることができた。7年間にわたる修業中、師匠にかけられた言葉は、今も上仲さんの大事な指針だ。

「師匠には『仕事は品やぞ』といつも厳しく言われました。やりすぎると嫌味になってしまうし、粋になると関東のものですから。僕も京都の仕事は品やと思ってます」


ものづくりでも常にトップを目指して

上仲さんは、二鶴工芸の本業であるきものや帯の装飾以外に、道中財布や信玄袋、ガラス皿など日常に取り入れられるオリジナル製品を手がけている。道中財布は麻の葉や家紋といった定番紋様が中心だが、ガラス皿に箔をほどこしたものは、幾何学模様から琳派やクリムトを彷彿とさせる絵柄までバリエーションも豊かだ。

「働きだして4年目くらいで、『和装は将来あかん』と思ったんですよ。それで、そのときからオリジナル製品に取り組みだしたんです。20代後半から本格的に製造販売をはじめました」

どの製品も金箔だけでなく銀や色箔なども効果的に使われていて、その自在さ多様さに圧倒されてしまう。友禅職人の弟・正茂さんをはじめ、同世代の伝統工芸職人の仲間たちとのコラボ作品も制作しており、評価も高い。

金彩の奥深さを誰よりも理解し、箔と糊を操り、効果的に施して新しいものを自在に生み出す。「和装は将来あかん」と確信してもこの仕事で挑戦を続けているのは、上仲さんが金彩の可能性を誰よりも分かっているからだろう。

また、上仲さんが精力的にものづくりするのはそれだけではない。若い頃から工芸展などにも積極的に出品を続けているのだ。作品を拝見すると、どれも美しく、新しい技を込めた芸術品ばかり。なかでも染物に細い緯糸風の箔を擦り込んで紬の織物みたいに仕上げた着物には度肝を抜かれた。


「作品のほうは、二度と同じ物ができないくらいパワーをかけていますね。毎回、仕立て職人さんを泣かせてます」

2019年も京都の公募展である藝文京展で入選したばかりだ。独立して25年経ってもなお挑みつづける意欲はどこからくるのか。

「全国の猛者に挑戦して、自分がどれくらいの実力か知りたいんですよ」

それは、学生時代卓球選手として戦っていた上仲さんらしい言葉だった。

そうだ、上仲さんは今もアスリートなのだ。物静かなイメージからつい見逃してしまいそうになるけど、内側に圧倒的なパワーと情熱を秘めている。仕事量や作風の多彩さ、多くの受賞歴からもそれは明らかだ。これからも上仲さんはまっすぐに背筋を伸ばして、物静かに、だが精力的に、さまざまな新作を次々に生み出していくに違いない。

二鶴工芸を辞するとき、玄関に置かれた上仲さんの製品である靴べらに目がいった。使い込まれたもののようで、マットな渋い金色がいい味に変化していた。

発光しない金も、使い込まれた金も、また美しい。

金彩の匠から教わった新たな金の魅力が、まぶたに残った。

 

二鶴工芸

上仲昭浩 / 二鶴工芸
1969 京都生まれ。金彩工芸士の元橋宏太郎に師事、後、家業である呉服金箔加工 二鶴工芸に入社。
桃山・江戸時代に確立された帯や着物等布に金箔を施す金彩工芸。施された金箔紋様が平面でありながら光線や見る角度によって表情が変化する金箔の特徴と不思議な作用を生かし、シンプルながら神秘的な要素のある作品づくりを心がけ、異分野の職人や作家たちとのコラボレーションによってインテリア・バッグなど実用品にもその技術を生かした商品を制作。2008年 京もの認定工芸士。

華やかさの中に、渋さも光る金彩工芸の作品。
普段使いはもちろん、特別な日に。世界に一つだけの逸品として。

WEB SHOP
https://huduru.stores.jp/
https://www.creema.jp/c/hudurukougei

お問合せは、二鶴工芸

入賞・受賞歴
1998 京都府工芸技術コンクール 帯 裂取金唐革 入選/新・京ものコンペティション テーブルセンター入選
1999 京都府工芸技術コンクール 帯 松皮取金唐革 入選
2000 京扇子図案コンクール 銅賞
2001 京扇子図案コンクール 銀賞
2002 扇子うちわFADC 入選
2003 京展 着物 満天 入選
2004 京展 着物 月影 入選
2006 京都デザイン優品 ショルダーバッグ入選
2008 京の若手職人 京もの認定工芸士
2015 H27年度 全国伝統的工芸品 公募展 作品展/デニム製 角帯 七宝 入選
2016 京都府クラフト・コンペティション 審査員奨励賞 受賞/竹節酒器セット(柴田恭久氏とのコラボ)
2017 全国伝統的工芸品 公募展 作品展/本革製道中財布 姫路黒桟革 竹節麻の葉 銀 入選
2019 第5回 藝文京展 入選作品展 寂軽銀道中財布 入選

京もの認定工芸士会 響
京都呉服金箔加工 二鶴工芸(ふづるこうげい)

 

 

取材/カメラマン

白須美紀白須美紀 文筆家/いとへんuniverse副代表
地元京都の伝統工芸を取材し、WEBや雑誌に寄稿。2014年より西陣織の職人たちと「いとへんuniverse」を結成し、西陣絣(にしじんがすり)や手織、手染の良さを伝える活動も続けている。2020年より、染色家の岡部陽子と2人で物語を糸にうつすプロジェクト「Margo」を立ち上げ、手染めの毛糸の制作販売も行っている。活版印刷研究所では「What A Wonderful Paper World」を連載し、紙にかかわる仕事をする人々を紹介。noteにて、クラフトライターとして活動する日々の記録やMargoの手染め糸の解説、物語に関するエッセイなどを綴っている。

いとへんuniverse http://itohen-univers.com
活版印刷研究所 「What A Wonderful Paper World」
Margo https://margo-yarn.stores.jp/
note https://note.com/miki_shirasu


今澤良幸今澤良幸 カメラマン/gallery ツナガリメ運営代表
福岡生まれ、高校卒業後に京都へ大学進学のため引っ越す。
現在はECショップマネージャーとして会社に在籍。
プライベートではカメラマンとして活動しており、ポートレートや物撮り、ウエディングの前撮りなどの撮影を行う。
Instagram https://www.instagram.com/yk_artigraphy/