レイワノタクミ

第4回 匠の技をもつ賢者が、竹工芸の未来をつくる

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竹工芸 細川秀章さん(竹工房 喜節)

規格外の職人

 京都で竹工芸に携わる細川秀章さんは、「規格外の職人」だ。31歳で脱サラして京都伝統工芸大学校で2年間学んだ後、どこにも弟子入りせず職人になった。代表作である網代編セカンドバッグは2018年の公募展で内閣総理大臣賞を受賞し、納品に半年を要するほどの人気を誇る。2019年からは母校の後輩を弟子に採用し、工房で共に製作している。
安定した会社員生活を捨て、30歳を過ぎてから職人の世界に飛び込んだのも異色だし、受賞作が物語るように仕事のスケールも大きい。さらに規格外なのが、「弟子入りをせずに、いきなり職人になった」というところだ。

 伝統工芸が盛んな京都では、職人として仕事をしたいと思ったとき、どこかの会社に入って学ぶか、個人の師匠の元で修業するのが一般的だ。そこで技術を培いながら、素材の仕入れ先や製品を預ける得意先などの人脈を獲得する。それゆえ、学校を出てすぐ一人前の職人として仕事をするというのは、あまり例がない。
 珍しい経歴に驚いていると、細川さんは穏やかに、少しだけ苦笑いを交えながら理由を教えてくれた。
「弟子入りしなかったのではなく、できなかったんです。募集しているところが無かったんですよ」

 細川さんが学んだ京都伝統工芸大学校の竹工芸専攻には2つのコースがあった。竹を細く割って竹ひごをつくり、それを編んで花籠などを作る「編組(へんそ)」と、竹そのものの造形や肌合いを活かして立体物を制作する「丸竹加工」だ。
 編組は竹を細く均一に割って何百、何千の材料をつくり編み上げて造形するため、繊細さと根気と集中力の持続が求められる。一方、丸竹加工は竹そのものを素材とすることが多く、竹垣を組んだり一本竹を切って花器をつくったり、編組に比べると短期集中のフィジカルなものづくりだ。同じ竹の仕事でもまったく別の技術と言っていい。

 学校で編組の技術を身につけた細川さんが働き先を探したとき、丸竹加工の求人はあったが、編組のできるところでは無かったのだ。編組は個人の工房が多く、どこも人を雇うほどの仕事が無い状況だった。暮らしの西洋化で竹工芸品の需要が減り、残った需要も安価な海外製品に取られてしまい、昔ながらの京都の竹工芸職人の仕事が減ってしまっていたのだ。

たった一人で始めた職人仕事

 卒業展で賞を取りその作品に販売の引き合いがあったというから、細川さんの技術は当時から相当高かったに違いない。しかしいくら優秀でも、募集をしているところがなければ、就職はできない。2件ほど弟子入りの話はあったが、希望する方向と違ったり話自体が立ち消えてしまったりで、結局進路が決まらないまま卒業することになったという。そこで細川さんは母校近くの弁当屋でアルバイトをしながら、ひとりで職人として活動を始めたのだった。

 社会に出た細川さんの助けになったのは、烏丸三条に母校が所有する「京都伝統工芸館」での実演の仕事だった。実演ブースに並べた細川さんの作品を見て、見学のお客様から「こういうのをつくってくれないか?」と、注文が入るようになった。
 また同じころ、編組ができる職人を探していた竹屋さんから依頼がくるようになる。ホテルの照明カバーや壁飾りといった室内装飾の仕事を頼まれたのだ。花籠や鞄といった昔ながらの仕事は減っていたが、意外なところに編組のニーズはあったのだ。

 とはいえ実のところ、手元でつくりあげる花籠と、広々としたホテルの天井を飾るディスプレイはほとんど別物だ。素材に使う竹ひごの幅も違えば、作業のコツも違う。しかし仕事があるのはありがたかった。
「自分の持っている技術を応用させ、現場現場のニーズにあわせてデザインを提案し、完成させて行きました。学校ではそんな大きなものをつくっていないですから、どれも初めての挑戦でした。無我夢中でしたね」
そうして4年が過ぎた2011年、京都市内に「竹工房 喜節」を開設。2013年に京もの認定工芸士にも認定され、細川さんは名実ともに京都の竹工芸職人となったのだった。

代表作となった、網代編バッグ


 そんな細川さんの代表作が、2018年の全国伝統的工芸品公募展で内閣総理大臣賞受賞を受賞した網代編セカンドバッグだ。軽さや通気性といった竹籠ならではの機能性はもちろん、和装だけでなく洋服にも合い、男女問わず持つことのできるデザインが魅力だ。繊細で端正な編み地と竹工芸ならではのフォルムが美しく、使うだけでなく飾って眺めておきたくなる。他にもブリーフケースやトランクも制作しており、普段の生活やビジネスシーンで愛用できると注目を集めている。

 細川さんはこれらのバッグを、ホテル装飾の依頼品を手がけながら製作し始めた。
「ホテルの装飾は、求められるイメージや大きさが現場によって違いますので、毎回一度限りの仕事です。それはそれで面白いし勉強にもなりますが、毎回新作をつくるのでどうしても試行錯誤が必要になり、労力がかかりすぎて他のことができなくなってしまうのです。そこで、材料の量や作業時間の予測が立つ定番品が必要だと考えるようになりました」

 製品にバッグを選んだのは、和装に持つ籠はよくあるが、普段に使える竹の鞄を見かけることが無かったからだ。初作品を完成させると、早速出品の声がかかり始めた。細川さんは積極的に店頭に立った。お客様からバッグに対する感想を直接聞くことができるからだ。
 「販売するときはお店にお願いして、できる限り実演をさせてもらうようにしました。売り場に出る間も製作ができるし、製品だけでなく技術にも興味を持ってもらえます」

 細川さんは出店するたびお客様の意見を取り入れて、バッグをどんどん改良していった。真田紐や金彩加工を施した内布など、工芸仲間の作品も取り入れて製品のグレードをあげる。また、奥様の貴子さんも結婚前から製品づくりをサポートしてくれた。何よりの貢献が、バッグの内布をミシンで仕立ててくれるようになったことだろう。網代編バッグは外側はもちろん内側も質が向上し、品物の格があがった。こうした地道な進歩が、公募展の受賞へと繋がったのだ。

竹のバッグを京都の名産品にするために

 2019年春、細川さんは京都伝統工芸大学校の後輩を弟子に迎えた。自分自身が就職先で苦労したのもあるし、竹工芸職人になりたいという本人の情熱に感銘を受けたのもある。だが、何より決断を後押ししたのは「京都の伝統工芸である竹工芸を残したい」という自身の思いだった。
「網代編バッグが認められて需要はできましたが、私が辞めてしまったらそこで終わりです。一人の作家がいたというだけになってしまう。後に続く人がいてこそ、産地として厚みがでると思っています。『竹のバッグといえば京都だよね』と言われるくらいになりたいですね」

 伝統工芸はどこも昔ほど仕事がなく、若い職人さんたちは従来の職人仕事以外に作家的な活動を行っている。でもその逆も可能なのだと、細川さんは教えてくれる。作家的な活動が職人仕事を生み出すこともできるのだ。
 弟子にはなれなかったのに弟子を取ってしまった規格外の細川さんならば、竹工芸で京都の新しい名産品を築いてしまうかもしれない。100年後の京都で誰かが網代編バッグをつくり、手にした人が喜んでいることを想像すると、なんだか胸が熱くなる。そして、名産品をつくることは文化をつくることなのだと、改めて気づかされるのだ。

賢明で懸命な職人がつなぐ未来


 編組の材料となる竹ひごは、職人が竹を割り、小刀で使いたい幅と厚みに削ってつくり出す。「竹割り3年」と言われており、習得に時間のかかる重要で難しい技術だ。竹ひごの出来次第で、作品の仕上がりは大きく変わる。細川さんによれば、よく削れた竹ひごは無理なくきれいに編め、編み始めてすぐ「これはいい籠になるな」と分かるそうだ。

 実際に作業を拝見すると、細川さんの手つきは淀みなく、次々に竹を削っていく。できあがった素材は幅も厚みも均質で美しく、一見すると竹なのかどうかさえも分からないほどだ。
「ここまで細やかなものは手でしかできないのですけれど、『手でやったとは思えない』とよく言われます。技を極めれば極めるほど手仕事感が無くなっていくって、よく考えると面白いですよね」
細川さんの穏やかで温かな声が、どこか楽しげに響く。その声を聞きながら、刃物一つでみるみる美しい素材が生まれていく様子に、ただ見惚れるばかりだった。


 確かな技術、誠実な人柄と仕事ぶり。新しいものを生み出す創作力。現状を客観的に把握し考える知力と、大胆に挑戦する行動力。経歴に現れる「規格外ぶり」は、こうした細川さんの細川さんらしさがあってこそ生まれたものだ。その歩みは、竹のように真っ直ぐしなやかで、業界の凝り固まった常識を軽やかに飛び越えていく。なんとも頼もしい限りだ。

 日本は昔から竹という素材でいろいろな物をつくってきた国だ。編組の歴史も古く、縄文時代からすでに竹籠を使っていたことが分かっており、正倉院には600を越す竹籠が収蔵されているという。持続可能性が求められるこれからの時代、成長が早く耐久性の高い竹を使い、刃物だけでものづくりができる竹工芸に、再び注目が集まるかもしれない。賢明で懸命な細川さんもまた、その未来を見据えながら仕事をしていくだろう。縄文時代からずっとわたしたちが愛してきた竹工芸という美しい営みを、細川さんはしっかりと次世代につないでくれるに違いない。

竹工房 喜節

竹工芸 細川秀章
1974年東京生まれ。2005年に京都伝統工芸専門学校(現・大学校)入学。学校で京竹工芸の技術を2年間学び卒業。卒業直後から自身で竹工芸の仕事を始め、2011年に「竹工房喜節」を開設して、本格的に竹籠バッグの制作を開始。従来の竹籠バッグのイメージにとらわれず、年齢や性別、更には国籍や文化を問わず様々な場面で使用してもらえるデザインと機能の竹籠バッグを主な商品に、京竹工芸の可能性を追求している。

2011年 竹工芸(編組)一級技能士 資格取得
2013年 京もの認定工芸士(京竹工芸)認定
2020年 京都市 未来の名匠(京竹工芸)認定

WEB
https://takekobokisetsu.com/

Blog
https://takekisetsu.blog.fc2.com/

Facebook
https://www.facebook.com/takekouboukisetsu/

お問合せは、竹工房 喜節へ。

取材/カメラマン

白須美紀白須美紀 文筆家/いとへんuniverse副代表
地元京都の伝統工芸を取材し、WEBや雑誌に寄稿。2014年より西陣織の職人たちと「いとへんuniverse」を結成し、西陣絣(にしじんがすり)や手織、手染の良さを伝える活動も続けている。2020年より、染色家の岡部陽子と2人で物語を糸にうつすプロジェクト「Margo」を立ち上げ、手染めの毛糸の制作販売も行っている。活版印刷研究所では「What A Wonderful Paper World」を連載し、紙にかかわる仕事をする人々を紹介。noteにて、クラフトライターとして活動する日々の記録やMargoの手染め糸の解説、物語に関するエッセイなどを綴っている。

いとへんuniverse http://itohen-univers.com
活版印刷研究所 「What A Wonderful Paper World」
Margo https://margo-yarn.stores.jp/
note https://note.com/miki_shirasu


カメラマン/福田陽子
西陣織の小さな雑貨ブランド gonomiの他、
WEBデザイン・ライティング・撮影を中心にネットショップ運営を通じて、伝統工芸を伝える仕事に取り組んでいる。